2017年4月21日金曜日

句会報『棟梁』第13回


シンガーソングライター研究大会は、思わぬ方向へと発展していく事になった。
 
まず、松江市ほか、島根県内にたくさんの歌手が存在することが分かり、ライブ活動の情報も頻繁に掲載がされている為、俳人を探すよりも、はるかに分かりやすく容易に会いに行ける事が分かった。
 
金曜日、土曜日の夜は仕事があるため、なかなか参加がしにくいが、なんとか、いつか聴きにいくことができそうだ。ただ、仕事が何かしら追加で増えて残業になり、午後8時頃など、微妙な時間帯で遅刻して参加する事になる。
 
路上でゲリラライブを行っている歌手も存在し、これも色々と参考になった。
 
しかし、具体的な事を書くとプライバシーの侵害になってしまうので、これも、徐々に距離を近づけていくべきだと思った。
 
定型俳句の句会については、ここ4、5年、情報を集めているが、依然として参加することが困難を極め、また、同年代の俳人を探すことは、さらに難易度が高くなり続けている。句会の情報を集める為には、一つ一つ公民館を訪問せねばいけなかったり、ネットで集めるにしても異常に難易度が高く、仕事の時間と重なる事が多く、ほぼ、参加をすることができなかった。
 
定型俳句の句会の開催日を列挙した、専用のカレンダーを作成する必要がある。
 
 
やっとお会いできた、星野光範さんという俳人については、現在原稿を書き進めているところで、あとは、なんとかスケジュールを調整して、鳥取県の句会きゃらぼくへ訪問をせねばいけないと、段取りを組んでいるところである。
 
 
 
そんな最中、歌手という役目について、やっと手がかりになるべき存在が見つかった。
 
 
 
春風が吹いたおり、私は、風に踊っている満開のチューリップを見たのだ。
 
その時、私は、異常にダンシングフラワーが欲しくなった。
 
 
 
音が鳴ると、踊る、花のおもちゃ。
 
 
 
それは、なんと魅力的であることか。
 
 
 
旧タカラ社より発売された、フラワーロックなるおもちゃは、全世界で爆発的ヒットとなり、850万個が販売されたのだという。
 
 
 
これこそが、歌手としての目指すべき姿であると思った。
 
 
 
気が付くと私は、ヤフーオークションの会員に登録をすませ、オークションの一参加者として、競り合いに興じている事になった。
 
 
 
それにしても、フラワーロックなるおもちゃのなんと魅力的であることか。
 
これを入手した暁には、句会の会場に、常連参加者として同席させ、様々な句を朗読し、句会の目の前で踊ってもらわねばいけない。
 
歌手としての目指すべき姿。
 
それは、意味などさっぱりわからないのだが、問答無用にカリスマ性が高く、魅力的であること。意味よりも、魅力が勝る事を優先すべきだと思った。
また、社会現象を自ら作り出すくらいの力があること。時代に流されるのではなく、自らが新たな時代を作り出す、台風の目のような存在になり続ける事であると思った。
 
添田唖蝉坊なる人物も、そういう人であると思う。
 
 
フラワーロックを味方につけたなら、人生は、十倍豊かになるに違いない。
 
 
 
歌手の世界から学ぶべき事はまだまだたくさんあるので、次回以降も、随時、結果を書き込む予定。
 
また、フラワーロックについては、単独で特集を組む必要がありそうだ。

 

2017年4月1日土曜日

2017年3月28日火曜日

句会報『棟梁』第11回

書展 『信号を一生懸命走る人』


棟梁の宣伝も兼ねて、この度、書展を開いてみることにしました。

とにかく、やってみましょう。

週刊俳句に記事を投稿するが、没になる。

力の無い時。

先見の眼で人を観る。

ケロッと治る。

忠孝の歴史。


主人公。

愛してやまない人達。


良い心境の現れ。

ご丁寧かつ、親切。

半紙のシワが多すぎる。
人類の縮図。

2017年3月13日月曜日

棟梁のチラシ 平成29年4月19日開催


自由律俳句の会『棟梁(とうりょう)

 

場所    松江テルサ

日時    平成29419日㈬ 1930頃~2200 予約不要

(まれに、開始時間が遅れることがございます。ご了承ください)

参加費    1500

用意するもの 特になし

対象    小学生以上~上限無し

恒例の内容 句会。入門講座。ネット番組『自由律俳句TV』の撮影。ほか、自由に各自発表したい題材を持参し、ミニ博覧会のような物も開催できればと思います。

 

今回の特別行事 

今回の句会棟梁では、『シンガーソングライター研究大会』を開催します。

県内、ほか、日本国内で現在活躍中のシンガーソングライターに関する情報を集め、これぞと思う人材を発掘し、そこから得たノウハウを自由律俳句の世界観に活かす。     

作詞、作曲、歌唱力の3つの観点に着目。ほか、各自の歌を聞いた後、そこから得たインスピレーションから自作の句を詠むという、連句のようなイベントも開催予定。

 

特典情報  現在、句会の参加者には、打ち上げのラーメン一杯がプレゼントされる予定です。駅前のラーメンを、一緒に食べに行きましょう。

代表    中筋(なかすじ)()(けい)1982年生まれ。主に自由律俳句を詠む。

ほか、たまに、使い道の分からない謎の歌を自作する事がある。)

連絡先   nakasujisokei@gmail.com

HP    『句会 棟梁(とうりょう)』で、検索なさって下さい。

今後のイベント さらに俳人が集まりましたなら、県外まで遠征して赴き、大規模な吟行句会を開きたいと検討しております。その為には、まずは、良い人材を身近な所から発掘する事が第一になります。

 

ツイッターやスカイプを活用し、県外の俳人との句会も開催しております。

また、俳句以外のイベントも時折、追加で行う事があります。

2017年3月3日金曜日

おしゃれ句会の開催



 

棟梁主催 

おしゃれ句会のお知らせ


 

 

 

場所    松江駅近郊の服屋

日時    平成2939日(木)10:00頃から

参加費    無料

用意するもの 特に無し

 

目標    松江駅近郊の服屋を探検しながら句を詠む。服を通じて、人生を改め、気が付けばおしゃれな人間になってしまうというミニ企画。

主催    中筋(なかすじ)()(けい)1982年生まれ。松江テルサで句会『棟梁』を開催。)

連絡先   nakasujisokei@gmail.com

(参加申請、もしくは句会に関する質問等でもかまいません)

2017年2月26日日曜日

句会報『棟梁』第10回


自由律俳句島根県地区大会の報告

2月22日㈬、松江市民活動センターで自由律俳句の島根県地区大会は開かれた。

参加者は0名。選者は、中筋祖啓ただ一人となった。

活動センターの受付で、開催を申請する際に、参加人数を記入する覧があり、私はそこに、2名と記入をした。受付のおじさんとのコミュケーションが、その時、微妙に行われ、微妙に会話が続いたが、明確に返事をする事ができなかった。

午後7時に大会を開き、午後8時半に大会を閉じた。

そして、受付のおじさんに部屋のカギを返却し、自由律俳句島根県地区大会は終わった。

今回の県大会の句題は、その後、「人見知り」に決定した。

島根県という街が今後、衰退し、滅びてしまう原因も、きっと、人見知りにあるのではなかろうか?今後の日本を担う人間として、「人見知り」とはなんであるか?を、総力をあげて取り組んでみようと思う。


 
自由律俳句 島根県地区大会 投句一覧

・人見知りの特訓      中筋祖啓
 


選者 中筋祖啓

特選。「田舎の学問より京の昼寝」というコトワザに対しての返答と見れる。過疎が止まらない地方の人間の反骨精神、気骨をよくあらわしている。

また、空手バカ一代で、戦争のやるせなさに襲われてしまった大山倍達が山篭りを決意する瞬間の気持ちとも、一致すると思われる。


 


Amazonで検索をすると、人見知りの専門書もズラリと並んでいる。

人見知り部?人見知り学部?なるものも、この国には存在しているらしい。

私は、少しほど、気持ちが回復した。

アホ研究所という会社が発行した、「人見知り」と書かれたバッジも存在する。そのバッジは、現在在庫切れで購入することは、できない。

「人見知り」という女性歌手のレコードもある。人見知りは不変的なキーワードのようだ。

Googleで検索すると、芸能人にも、人見知りをする人がたくさん居る事が分かった。
アメトークで、人見知り芸人が集結した事もあるらしい。

週刊俳句への投稿や、他の句会への参加も、なんとなく会話が続かなくなり、自然と、途切れた。

人見知り句会、というテーマで、今度の4月の句会を開催してみようか?

とりあえずは、そのような心境にとどまった。

2017年2月5日日曜日

句会報『棟梁』第9回


名選者探求大会の報告


昨年の8月に開催し、原稿ができている、「はず」であった、名選者探求大会の原稿がようやく完成しましたので、掲載をいたします。
 
俳句で人生が変わった

 まず最初に述べる事は、本当に俳句が必要だった人は、俳句でその人の人生そのものが変わった。という事を自分で確認してみる事であると思います。その条件を満たしている人であれば、それは、他者からいかなる罵倒を受けようとも、へこたれる事の無い胆力をすでに得ている証であると思います。

最も影響を受けた人物について

 私が俳句をはじめたのは忘れもしない、26歳の時で、今は34歳ですので、俳句に出会って8年が経った事になります。その8年間のなかで一番大きな影響を受けた人物が二人います。それは、まず、私に俳句そのものを教えてくださったYさん。そして、名選者であります、Wという人物についてであります。

遊行者Yさん

 私がYさんとであったきっかけは、中国の普陀山という仏教聖地へ飛行機で巡拝観光ツアーにいった際に、団体客の一員として同席していたことがきっかけになります。たまたま、その人と、2泊3日の中国旅行をした。Yさんと飛行機でも食事の席でも一緒でしたが、その時に、直に俳句を教わったのです。私は26歳でしたが、Yさんはたしか、84歳?くらいであったはずです。Yさんは、俳句の魅力を力説しました。ひたすらとどまる事なくパワフルにその魅力を教えてくださいました。また、俳句の話だけにとどまらず、登山、弓道の話、そして、定年退職するまでは、高校教師をずっとやっていた事。かなりの熱血教師であったそうです。それらをひたすら力説してくれました。とてもパワフルな老人でした。老いてはますます盛んになるべしとは、まさにこの人に当てはまることわざでありました。

 今になって振り返りますと、Yさんは、実は趣味でシンガーソングライターもやっており、この人にであった影響で私も登山をはじめまして、また、いつのまにか?私も何故か、シンガーソングライターの端くれにもなっておりました。この老いてますます元気なご老人に、非常に強い影響を受けてしまいすぎたようです。

 これら、Yさんから受けた影響を一言で申しますと、これは、インド人の人生観で一般的に言うところの『遊行期』なるものが、なんであるかを、この中国旅行の最中に短期間で教わったのです。
 『遊行期』とは、仕事や子育てを完了した人たちが人生の最後のステップに挑戦する、最も自由で、最も価値観の広い人間の生き方の探索期にあたります。
 仕事を終え、さらにそこから、まったく違う人間に生まれ変わるのだ!と、Yさんからは、そのような波動がほとばしっておりました。Yさんは、登山がかつて大嫌いだったそうですが、あえて、定年後のある日に、大ッ嫌いだから、やってやる!と奮起をし、登山を我が物にしたそうです。いくつになっても、あえて、生まれ変わろうとする、強烈な実行力を持ち合わせている人物でした。

 Yさんとは、その後も、連絡を取り合い、今から約5年前くらいに、一度会いに行くことができました。Yさんの住まいは岡山県にあり、自宅で一人暮らしをしておられます。また、娘さんもこれまた、シンガーソングライターに近い仕事についておられます。Yさんはこの時も変わらずお元気で、自作のCDと、著書を何冊か受け取りました。これらは、今でも大事に、家に保管がしてあります。


名選者Wについて 

  Yさんから俳句なる物を教わり、はじめの2年間は、なかなか句を詠むコツがつかめず、右往左往していた物です。俳句の中でもとりわけ自由律俳句が非常に好きだと分かったのも、はじめてから、3年くらいたっての事でした。さて、その期間に出会ったのが、東京都に在住している、Wという人物についてであります。

  Wさんは、東京の中心の住宅街に自分で店を構え、軽食といったらよいか?居酒屋といったらよいか?独自の最高のセンスで素晴らしい店を経営しておられる女性のマスターなのですが、その人の魅力は、お店だけでは語り尽くせない物がありました。私が今までであった人間の中で、最も素晴らしく尊敬のできる人でした。我が国に、このような素晴らしい人物が隠れていようとは、今、思い出しても心温まる物があります。

 俳句をはじめて2、3年目だった時に、ある人の紹介で、Wさんの店に行き、そこで、この上なく私は自句を褒めていただく事ができました。本当に素晴らしく謙虚な人は、また、本当に素晴らしく相手の能力を引き出す事ができるようです。ただ褒めるだけにとどまらず、その人は、私の人格そのものの長所と短所を瞬時に見抜き、会う度に、次々と句を賞賛することと次の課題を与えてくれるのでした。これは一言で言えば、本当に、「思いやり」のある人でした。

  この人がなぜそんなにも思いやりを持って生きていられるのかについては、数々の取り返さなければいけない人類の哀しみがあるからだと、本人からもお聞きする事ができましたが、その事については、私などは到底、全てを汲み取れておらず、影響を受け、少しでもそのような生き方に近づきたいと思うだけで精一杯だった事を今でも思い出します。恥ずかしながら、しかし、本当にその人とであった事は幸運であったと思います。

 
 自由律俳句島根県地区大会について

 あまりに素晴らしい人だったので、なかなか原稿に全てを書ききる事ができず、名選者探求大会の企画をしただけで止まってしまっていたのですが、今、選者とはなんであるかを振り返る機会を得ることができました。

 実はこの度、自由律俳句の島根地区大会なる物を企画してみたのですが、開催をあと約2週間に控えたところで、参加者が0名、選者のなり手も、1名も確保できず、今日に至っております。これは、このままいけば自動的に、自由律俳句島根県地区大会の選者は、中筋祖啓ただ一人という結果になる、という事にたどり着いてしまいました。

「おやおや、しまったぞ。まさか、私が選者とは??」

 名選者Wの事、今でも忘れることの無い事ばかりです。Yさんにしても、Wさんにしても、私の性格上、影響を強く受けすぎた人だとかえって緊張しすぎてしまい、気軽に会いに行けなくなってしまうのが、本音の状態のようです。非常に強い影響を受けた人物は、かえってなかなか、家族や友達のように気軽には会いに行けない、「何か」をつい、感じてしまうようです。ですが、きっと、いつかまた、Wさんに会いに行くつもりです。

 さて、これらを振り返ってみますに、俳句をはじめて8年たち、ようやくはじめて選者という立場をこの度経験することになりました。

・不可抗力によるミニデビュー

 このような一句にまとまります。

 ただの普通の選者と、名選者の違い、それは、どこまでも純粋に、困っている人を助けたい、思いやりの深い人物である、その想いがケタはずれに大きい事がその証であるように思います。

 今月22日に、選者という立場を経験するにあたり、そのような事が実感として浮かび上がってきました。参加者0名の時は、空想上の参加者の句を次々と拾いあげ、シャドーボクシングならぬ、シャドー選句に専念をしてみようと思います。よろしくお願いします。


番外編 ソケイと愉快な句友たち

 ※私が他の俳人と出会い句友がたくさん出来たのは、Wさんに出会ったさらに、その1年後くらいの話です。

 8年前  6年前 5年前から
 Yさん→Wさん→ソケイと愉快な句友たち

 という順序になります。この順番でゆくと、句友の次に最も影響を受ける素晴らしい人物とは、 
 ソケイの愉快な子孫たち?などになってしまのでしょうか?いやはや、楽しみにして待ちましょう。