2017年5月6日土曜日

句会報 第14回

今回は仕事と俳句というテーマで言葉と向き合ってみる。
人生を左右するほどの重要度を持つ言葉を厳選し、最も身近な存在である仕事という行為を今一度、俳句を詠むのと同じ感覚で見直してみようという企画である。

10つの言葉をキーワードとしてサクサク話を進めていく。

1、 ほうれんそう
まずは、一番最初に必要な能力として「ほうれんそう」がある。
報告、連絡、相談、それらを並べるとなぜかベジタブルな野菜になり、頭の中が、その野菜の名前の事で一杯一杯になる。
ほうれんそうを極めて行くことが、仕事そのものであると言える。その為には、個人的な私的な感情を常にかなり疑う必要があり、安易に物事の真相を決めつけてしまうと、かえって自分自身に全てのダメージが跳ね返ってくる事になる。

2、 会話の能力
・英会話教室よりも会話教室に通いたい   祖啓
そのような、句が詠めた。
会話ができないと、当然ながら仕事は、困難や混乱を極めます。

3、 電話応対
ほうれんそうと、会話の能力がある程度、最低限こなせるようになって、いよいよ、電話という道具に手をつける事ができる。携帯電話も、固定電話も、まさしく、神の裁きを下すほどの影響力を持つ機械として、この社会に世の中に君臨している。
責任を負う。電話に出れば電話に出るほど、その人は、たくさんの責任を負う。そのような感覚を実感する事ができる。

4、 セコム
ある程度は一人前の仕事ができたと思っても、ここに、セコムという問題が立ちはだかる。
いわゆる、セキュリティー、自分自身の防犯意識が大丈夫だったのかという事について直視している心境になるのだが、最上の防犯体制という物は、プロの組織を味方に加えサポートしてもらったとしても、途方も無く難しい。

ここに、セコムに関する句を列挙する。

・セコムは恋人なのか?
・セコムとのコミュニケーション密になり
・セコムらは肉親よりも駆けつける
・セコムに入社したい


あまりにも、防犯の事ばかり考えすぎていると、「セコムしてますか?」というCMが、この上ない無上の一句であるように思えてくる。尾崎放哉の「墓の裏へ廻る」という一句に匹敵するくらい、「セコムしてますか?」という一言に無限の謎を感じ、動揺してしまう自分がいた。

5、 飲酒運転
酒は人生をあきらかに、豊かな物にしてくれる産物であるが、飲酒運転という事実に真摯に向き合うとなると、あらゆる視点で、家族や友達であろうと、加害者と被害者が大量発生し、気が付けば、悪夢のような設定が誕生する事になる。
・飲酒運転ならではの隣組    祖啓

6、 ドタキャン
仕事に関するキーワードの中でも、いよいよ、最も魅力的な部類の言葉が登場した。
一年中仕事をし続け、ひたすら、仕事の事ばかり考えていると、いつしか、「ドタキャン」という5文字が、人生を湾曲させるほどの影響力を持つようになる。

・みんなドタキャンみんなドタキャン多いよお (自由律句らぶに投句)

実は、自分自身も、いままで過去の様々な時に、自覚していないままに、ドタキャンをしてきた事に気がつかされる。
ドタキャンとは!誠に止むを得ぬ決断ではあるが、しかし、その影響力のなんと強烈であることか。
アイタタタ・・・!

7、 ダブルブッキング
ドタキャンと並び、脳内に発生すると強烈なインパクトを持つ言葉が、ダブルブッキングである。これは、どちらかというと、仕事をしている側の人間が、作り手になってしまいやすい。
あまりにも積極的に仕事をしすぎた結果、頑張りすぎた結果、うっかりと、自分自身がダブルブッキングなるものを誕生させてしまった。その後始末、はたしてどうすれば良いのか?
浮気がばれてしまった男女交際と同じレベルでの、脳内の切り返しを求められると思われる。

8、 朝寝坊
朝寝坊は、一見、初心者の体験と思われがちだが、しかし、人間の頭はそこまで利口にはできていない様子である。忘れ物であったり、朝寝坊は、よほどの天才でない限り、必ず一度は体験するハメになる。
朝寝坊たるやいなや、今、過去、未来、全てを同時に直視せられる状態になり、その時に食べた朝ごはんのレシピは、最も、自分自身の本能がむき出しに表現されていると言える。

9、 始末書
始末書は、名前がいい。
不祥事を始末する事自体が、タイトルそのものになっているとは、なんと不思議な事だろう。
始末書を書いている時の自分の姿や、心境は、非常に絵になる。
始末書は、最も書きたくない書類であるにも関わらず、過ぎてしまった後に振り返ると、異常に心身に対して薬になっている。良薬口に苦しのことわざ通りである。

10、 メシフロネル
自由律俳句の原典とも言える生き方が、メシフロネルである。
いつしか、昭和の男たちの口癖となったそうであるが、たしかに、それしか喋りたくなくなる日は、我々にも、ある。
放哉に自由律の短律を詠まれると、聞き手は返答に屈服せざるを得ない物だが、アスリート並に、仕事の能力が一番高い人間に、「メシフロネル」とだけ言われてしまうと、尊敬せざるを得ないだろう。
この言葉で人を屈服させられるようになる為には、結果と実力を築き上げて行くしかない。

11、 クビ (最終キーワード) 
10つのキーワードを並べあげ、それらの意味を吟味したところ、最終的に、仕事をしていく上で最もインパクトのある日本語は、「クビ」という事になってしまった!?
その言葉を掘り下げる行為は、様々な意味で、厳粛な配慮を求められる事になるが、大橋裸木の一句「陽へ病む」の対句として、

・クビか?    祖啓

という短律の一句が、句として成立する事に気がついた。
仕事の内容が極限を超えた数値になってしまった場合、そのような心境が、人生の様々な一面で脳裏によぎる事態になるようだ?
これ以上、この言葉を掘り下げる事は危険すぎるので自粛をして、そろそろお開きといたしましょう。

以上が、仕事をしていく上で、人の人生を左右するほどの言葉の代表格といえる。

日本人は、たしかに勤勉な国民性。
今も日本のどこかで、不可抗力によるドタキャンが発生し、ドタキャンの事で頭がいっぱいいっぱいになってしまっている日本人が、慌てふためき、世間を彷徨っているに違いない。

2017年4月21日金曜日

句会報『棟梁』第13回


シンガーソングライター研究大会は、思わぬ方向へと発展していく事になった。
 
まず、松江市ほか、島根県内にたくさんの歌手が存在することが分かり、ライブ活動の情報も頻繁に掲載がされている為、俳人を探すよりも、はるかに分かりやすく容易に会いに行ける事が分かった。
 
金曜日、土曜日の夜は仕事があるため、なかなか参加がしにくいが、なんとか、いつか聴きにいくことができそうだ。ただ、仕事が何かしら追加で増えて残業になり、午後8時頃など、微妙な時間帯で遅刻して参加する事になる。
 
路上でゲリラライブを行っている歌手も存在し、これも色々と参考になった。
 
しかし、具体的な事を書くとプライバシーの侵害になってしまうので、これも、徐々に距離を近づけていくべきだと思った。
 
定型俳句の句会については、ここ4、5年、情報を集めているが、依然として参加することが困難を極め、また、同年代の俳人を探すことは、さらに難易度が高くなり続けている。句会の情報を集める為には、一つ一つ公民館を訪問せねばいけなかったり、ネットで集めるにしても異常に難易度が高く、仕事の時間と重なる事が多く、ほぼ、参加をすることができなかった。
 
定型俳句の句会の開催日を列挙した、専用のカレンダーを作成する必要がある。
 
 
やっとお会いできた、星野光範さんという俳人については、現在原稿を書き進めているところで、あとは、なんとかスケジュールを調整して、鳥取県の句会きゃらぼくへ訪問をせねばいけないと、段取りを組んでいるところである。
 
 
 
そんな最中、歌手という役目について、やっと手がかりになるべき存在が見つかった。
 
 
 
春風が吹いたおり、私は、風に踊っている満開のチューリップを見たのだ。
 
その時、私は、異常にダンシングフラワーが欲しくなった。
 
 
 
音が鳴ると、踊る、花のおもちゃ。
 
 
 
それは、なんと魅力的であることか。
 
 
 
旧タカラ社より発売された、フラワーロックなるおもちゃは、全世界で爆発的ヒットとなり、850万個が販売されたのだという。
 
 
 
これこそが、歌手としての目指すべき姿であると思った。
 
 
 
気が付くと私は、ヤフーオークションの会員に登録をすませ、オークションの一参加者として、競り合いに興じている事になった。
 
 
 
それにしても、フラワーロックなるおもちゃのなんと魅力的であることか。
 
これを入手した暁には、句会の会場に、常連参加者として同席させ、様々な句を朗読し、句会の目の前で踊ってもらわねばいけない。
 
歌手としての目指すべき姿。
 
それは、意味などさっぱりわからないのだが、問答無用にカリスマ性が高く、魅力的であること。意味よりも、魅力が勝る事を優先すべきだと思った。
また、社会現象を自ら作り出すくらいの力があること。時代に流されるのではなく、自らが新たな時代を作り出す、台風の目のような存在になり続ける事であると思った。
 
添田唖蝉坊なる人物も、そういう人であると思う。
 
 
フラワーロックを味方につけたなら、人生は、十倍豊かになるに違いない。
 
 
 
歌手の世界から学ぶべき事はまだまだたくさんあるので、次回以降も、随時、結果を書き込む予定。
 
また、フラワーロックについては、単独で特集を組む必要がありそうだ。

 

2017年4月1日土曜日

2017年3月28日火曜日

句会報『棟梁』第11回

書展 『信号を一生懸命走る人』


棟梁の宣伝も兼ねて、この度、書展を開いてみることにしました。

とにかく、やってみましょう。

週刊俳句に記事を投稿するが、没になる。

力の無い時。

先見の眼で人を観る。

ケロッと治る。

忠孝の歴史。


主人公。

愛してやまない人達。


良い心境の現れ。

ご丁寧かつ、親切。

半紙のシワが多すぎる。
人類の縮図。

2017年3月13日月曜日

棟梁のチラシ 平成29年4月19日開催


自由律俳句の会『棟梁(とうりょう)

 

場所    松江テルサ

日時    平成29419日㈬ 1930頃~2200 予約不要

(まれに、開始時間が遅れることがございます。ご了承ください)

参加費    1500

用意するもの 特になし

対象    小学生以上~上限無し

恒例の内容 句会。入門講座。ネット番組『自由律俳句TV』の撮影。ほか、自由に各自発表したい題材を持参し、ミニ博覧会のような物も開催できればと思います。

 

今回の特別行事 

今回の句会棟梁では、『シンガーソングライター研究大会』を開催します。

県内、ほか、日本国内で現在活躍中のシンガーソングライターに関する情報を集め、これぞと思う人材を発掘し、そこから得たノウハウを自由律俳句の世界観に活かす。     

作詞、作曲、歌唱力の3つの観点に着目。ほか、各自の歌を聞いた後、そこから得たインスピレーションから自作の句を詠むという、連句のようなイベントも開催予定。

 

特典情報  現在、句会の参加者には、打ち上げのラーメン一杯がプレゼントされる予定です。駅前のラーメンを、一緒に食べに行きましょう。

代表    中筋(なかすじ)()(けい)1982年生まれ。主に自由律俳句を詠む。

ほか、たまに、使い道の分からない謎の歌を自作する事がある。)

連絡先   nakasujisokei@gmail.com

HP    『句会 棟梁(とうりょう)』で、検索なさって下さい。

今後のイベント さらに俳人が集まりましたなら、県外まで遠征して赴き、大規模な吟行句会を開きたいと検討しております。その為には、まずは、良い人材を身近な所から発掘する事が第一になります。

 

ツイッターやスカイプを活用し、県外の俳人との句会も開催しております。

また、俳句以外のイベントも時折、追加で行う事があります。

2017年3月3日金曜日

おしゃれ句会の開催



 

棟梁主催 

おしゃれ句会のお知らせ


 

 

 

場所    松江駅近郊の服屋

日時    平成2939日(木)10:00頃から

参加費    無料

用意するもの 特に無し

 

目標    松江駅近郊の服屋を探検しながら句を詠む。服を通じて、人生を改め、気が付けばおしゃれな人間になってしまうというミニ企画。

主催    中筋(なかすじ)()(けい)1982年生まれ。松江テルサで句会『棟梁』を開催。)

連絡先   nakasujisokei@gmail.com

(参加申請、もしくは句会に関する質問等でもかまいません)

2017年2月26日日曜日

句会報『棟梁』第10回


自由律俳句島根県地区大会の報告

2月22日㈬、松江市民活動センターで自由律俳句の島根県地区大会は開かれた。

参加者は0名。選者は、中筋祖啓ただ一人となった。

活動センターの受付で、開催を申請する際に、参加人数を記入する覧があり、私はそこに、2名と記入をした。受付のおじさんとのコミュケーションが、その時、微妙に行われ、微妙に会話が続いたが、明確に返事をする事ができなかった。

午後7時に大会を開き、午後8時半に大会を閉じた。

そして、受付のおじさんに部屋のカギを返却し、自由律俳句島根県地区大会は終わった。

今回の県大会の句題は、その後、「人見知り」に決定した。

島根県という街が今後、衰退し、滅びてしまう原因も、きっと、人見知りにあるのではなかろうか?今後の日本を担う人間として、「人見知り」とはなんであるか?を、総力をあげて取り組んでみようと思う。


 
自由律俳句 島根県地区大会 投句一覧

・人見知りの特訓      中筋祖啓
 


選者 中筋祖啓

特選。「田舎の学問より京の昼寝」というコトワザに対しての返答と見れる。過疎が止まらない地方の人間の反骨精神、気骨をよくあらわしている。

また、空手バカ一代で、戦争のやるせなさに襲われてしまった大山倍達が山篭りを決意する瞬間の気持ちとも、一致すると思われる。


 


Amazonで検索をすると、人見知りの専門書もズラリと並んでいる。

人見知り部?人見知り学部?なるものも、この国には存在しているらしい。

私は、少しほど、気持ちが回復した。

アホ研究所という会社が発行した、「人見知り」と書かれたバッジも存在する。そのバッジは、現在在庫切れで購入することは、できない。

「人見知り」という女性歌手のレコードもある。人見知りは不変的なキーワードのようだ。

Googleで検索すると、芸能人にも、人見知りをする人がたくさん居る事が分かった。
アメトークで、人見知り芸人が集結した事もあるらしい。

週刊俳句への投稿や、他の句会への参加も、なんとなく会話が続かなくなり、自然と、途切れた。

人見知り句会、というテーマで、今度の4月の句会を開催してみようか?

とりあえずは、そのような心境にとどまった。

2017年2月5日日曜日

句会報『棟梁』第9回


名選者探求大会の報告


昨年の8月に開催し、原稿ができている、「はず」であった、名選者探求大会の原稿がようやく完成しましたので、掲載をいたします。
 
俳句で人生が変わった

 まず最初に述べる事は、本当に俳句が必要だった人は、俳句でその人の人生そのものが変わった。という事を自分で確認してみる事であると思います。その条件を満たしている人であれば、それは、他者からいかなる罵倒を受けようとも、へこたれる事の無い胆力をすでに得ている証であると思います。

最も影響を受けた人物について

 私が俳句をはじめたのは忘れもしない、26歳の時で、今は34歳ですので、俳句に出会って8年が経った事になります。その8年間のなかで一番大きな影響を受けた人物が二人います。それは、まず、私に俳句そのものを教えてくださったYさん。そして、名選者であります、Wという人物についてであります。

遊行者Yさん

 私がYさんとであったきっかけは、中国の普陀山という仏教聖地へ飛行機で巡拝観光ツアーにいった際に、団体客の一員として同席していたことがきっかけになります。たまたま、その人と、2泊3日の中国旅行をした。Yさんと飛行機でも食事の席でも一緒でしたが、その時に、直に俳句を教わったのです。私は26歳でしたが、Yさんはたしか、84歳?くらいであったはずです。Yさんは、俳句の魅力を力説しました。ひたすらとどまる事なくパワフルにその魅力を教えてくださいました。また、俳句の話だけにとどまらず、登山、弓道の話、そして、定年退職するまでは、高校教師をずっとやっていた事。かなりの熱血教師であったそうです。それらをひたすら力説してくれました。とてもパワフルな老人でした。老いてはますます盛んになるべしとは、まさにこの人に当てはまることわざでありました。

 今になって振り返りますと、Yさんは、実は趣味でシンガーソングライターもやっており、この人にであった影響で私も登山をはじめまして、また、いつのまにか?私も何故か、シンガーソングライターの端くれにもなっておりました。この老いてますます元気なご老人に、非常に強い影響を受けてしまいすぎたようです。

 これら、Yさんから受けた影響を一言で申しますと、これは、インド人の人生観で一般的に言うところの『遊行期』なるものが、なんであるかを、この中国旅行の最中に短期間で教わったのです。
 『遊行期』とは、仕事や子育てを完了した人たちが人生の最後のステップに挑戦する、最も自由で、最も価値観の広い人間の生き方の探索期にあたります。
 仕事を終え、さらにそこから、まったく違う人間に生まれ変わるのだ!と、Yさんからは、そのような波動がほとばしっておりました。Yさんは、登山がかつて大嫌いだったそうですが、あえて、定年後のある日に、大ッ嫌いだから、やってやる!と奮起をし、登山を我が物にしたそうです。いくつになっても、あえて、生まれ変わろうとする、強烈な実行力を持ち合わせている人物でした。

 Yさんとは、その後も、連絡を取り合い、今から約5年前くらいに、一度会いに行くことができました。Yさんの住まいは岡山県にあり、自宅で一人暮らしをしておられます。また、娘さんもこれまた、シンガーソングライターに近い仕事についておられます。Yさんはこの時も変わらずお元気で、自作のCDと、著書を何冊か受け取りました。これらは、今でも大事に、家に保管がしてあります。


名選者Wについて 

  Yさんから俳句なる物を教わり、はじめの2年間は、なかなか句を詠むコツがつかめず、右往左往していた物です。俳句の中でもとりわけ自由律俳句が非常に好きだと分かったのも、はじめてから、3年くらいたっての事でした。さて、その期間に出会ったのが、東京都に在住している、Wという人物についてであります。

  Wさんは、東京の中心の住宅街に自分で店を構え、軽食といったらよいか?居酒屋といったらよいか?独自の最高のセンスで素晴らしい店を経営しておられる女性のマスターなのですが、その人の魅力は、お店だけでは語り尽くせない物がありました。私が今までであった人間の中で、最も素晴らしく尊敬のできる人でした。我が国に、このような素晴らしい人物が隠れていようとは、今、思い出しても心温まる物があります。

 俳句をはじめて2、3年目だった時に、ある人の紹介で、Wさんの店に行き、そこで、この上なく私は自句を褒めていただく事ができました。本当に素晴らしく謙虚な人は、また、本当に素晴らしく相手の能力を引き出す事ができるようです。ただ褒めるだけにとどまらず、その人は、私の人格そのものの長所と短所を瞬時に見抜き、会う度に、次々と句を賞賛することと次の課題を与えてくれるのでした。これは一言で言えば、本当に、「思いやり」のある人でした。

  この人がなぜそんなにも思いやりを持って生きていられるのかについては、数々の取り返さなければいけない人類の哀しみがあるからだと、本人からもお聞きする事ができましたが、その事については、私などは到底、全てを汲み取れておらず、影響を受け、少しでもそのような生き方に近づきたいと思うだけで精一杯だった事を今でも思い出します。恥ずかしながら、しかし、本当にその人とであった事は幸運であったと思います。

 
 自由律俳句島根県地区大会について

 あまりに素晴らしい人だったので、なかなか原稿に全てを書ききる事ができず、名選者探求大会の企画をしただけで止まってしまっていたのですが、今、選者とはなんであるかを振り返る機会を得ることができました。

 実はこの度、自由律俳句の島根地区大会なる物を企画してみたのですが、開催をあと約2週間に控えたところで、参加者が0名、選者のなり手も、1名も確保できず、今日に至っております。これは、このままいけば自動的に、自由律俳句島根県地区大会の選者は、中筋祖啓ただ一人という結果になる、という事にたどり着いてしまいました。

「おやおや、しまったぞ。まさか、私が選者とは??」

 名選者Wの事、今でも忘れることの無い事ばかりです。Yさんにしても、Wさんにしても、私の性格上、影響を強く受けすぎた人だとかえって緊張しすぎてしまい、気軽に会いに行けなくなってしまうのが、本音の状態のようです。非常に強い影響を受けた人物は、かえってなかなか、家族や友達のように気軽には会いに行けない、「何か」をつい、感じてしまうようです。ですが、きっと、いつかまた、Wさんに会いに行くつもりです。

 さて、これらを振り返ってみますに、俳句をはじめて8年たち、ようやくはじめて選者という立場をこの度経験することになりました。

・不可抗力によるミニデビュー

 このような一句にまとまります。

 ただの普通の選者と、名選者の違い、それは、どこまでも純粋に、困っている人を助けたい、思いやりの深い人物である、その想いがケタはずれに大きい事がその証であるように思います。

 今月22日に、選者という立場を経験するにあたり、そのような事が実感として浮かび上がってきました。参加者0名の時は、空想上の参加者の句を次々と拾いあげ、シャドーボクシングならぬ、シャドー選句に専念をしてみようと思います。よろしくお願いします。


番外編 ソケイと愉快な句友たち

 ※私が他の俳人と出会い句友がたくさん出来たのは、Wさんに出会ったさらに、その1年後くらいの話です。

 8年前  6年前 5年前から
 Yさん→Wさん→ソケイと愉快な句友たち

 という順序になります。この順番でゆくと、句友の次に最も影響を受ける素晴らしい人物とは、 
 ソケイの愉快な子孫たち?などになってしまのでしょうか?いやはや、楽しみにして待ちましょう。

2017年2月1日水曜日

自由律俳句TVの秘蔵化について

この度、自由律俳句TV1~4の動画を、ユウチュウブで配信するのを止めまして、
秘蔵DVD化を行ってみる事にしました。

ユウチュウブで公開を行うと、色々とプライバシーの面から問題があった為になります。

以後は、自由律俳句TV5か、もしくは、
改めて俳句の動画を撮影し、配信を行っていこうと思います。

1~4は、秘蔵DVD化を行いましたので、
もし、必要な方がありましたら、配布を行う事も可能になります。よろしくお願いします。

祖啓 拝

2017年1月14日土曜日

句会報『棟梁』第8回

今回の句会報のテーマ

 

 『ツタを退治しながら句を詠むためには、どうすればよいのか?』



昨年は何故か?

山林の奥底に潜ってツタを退治する事に夢中になりすぎ、
ツタの句だけが、飛躍的に詠め、その能力だけが、飛躍的に成長した。
そのような、なんとも言えない一年を振り返り、
この度、ツタを退治しながら句を詠む為のマニュアルを作成してみる事にした。
今後、ツタ退治を行いながら、俳句活動に明け暮れる、
後世の俳人に向けてのひとつの参考になれば幸いである。

↓昨年詠めた、ツタに関する作句を列挙

・草刈りした後のジュースうまい(7月1日)
・つるという植物を見極める(8月20日)
・天職 野良仕事(9月13日)
・ナタを杖にして崖を渡る(10月17日)
・ナタでしとむるの名人芸(10月17日)
・ナタとノコギリの二刀流(10月22日)


1、ツタ退治を行う為の装備

まずは、いくさをする事と同じくらい、自分自身の装備が重要になる。
密林に潜り込み、ツタの幹を切断し、さらに、根っこに除草剤を塗りつける。
山の中には、スズメバチ、イバラ植物、かぶれる植物、崖、落とし穴など、とにかく危険が一杯。
一瞬たりとも、油断をしてはいけないぞ。

基本装備
・ヘルメット
・長靴
・ゴム手袋
・カッパ(悪天であれば)
・腰ベルト
・ノコギリ
・除草剤の入ったスプレー容器
・ナタ

度々、ツタ退治を行った結果、以上が基本装備という事になった。
さらにあえて必要といえば、剪定バサミだが、
剪定バサミは、密林で落とした場合、喪失する恐れが高いので、
あまり、不用意に持ち歩かないほうが良いと思われる。

2、ツタの根っこを探す

大木を枯らす勢いで成長を続ける巨大なツタ。
中国の蜀の国においては、ツタをロープがわりに利用して、
どのような断崖絶壁をもよじ登っていくのであろうが、私は、ツタを抹殺する事にした。
ツタを放置すると、弱い樹木は成長の勢いに負けて、
枯らされてしまう可能性があるからである。
ツタの根っこが、寄生する樹木とより隣接しているほど、
人間の手では滅ぼすことが難しくなってくる。
特にお茶の樹の根っこにツタがからまって生え始めると、非常に厄介で、
茶畑に完全に寄生するような形で成長を続けてしまうので、
なかなか容易には滅ぼす事ができない。
杉のようなまっすぐ生えた大木に、ツタがからまっている場合は、
スタンダードな攻め方を行う事ができる。

3、ツタの枯らし方

ネットで調べると、3~5センチくらいの太さのツタであれば、
家庭菜園を行う方の一般的なアドバイスが適用され、普通に退治ができるそうなのだが、
私が潜った山林のツタの直径は、ひどいところでは、
10~15センチちかくの太さにまで成長していたため、
一般的な退治の仕方が通用しなかった。
その為、ノコギリ、ナタ、除草剤を三段活用して、ツタを枯らす事にした。
ツタのなるべく地中に近い箇所から、ノコギリを切り込ませ、
ツタの根っこを切断。そして、その切断した根っこ側に除草剤の原液が入った
スプレー容器を吹き付け、根っこを枯らす。

これで、並大抵のツタは枯らすことができるが、
一番厄介なケースは、地下にツタの根っこが、あたかも、
首都地下鉄線のように、入り乱れて成長してしまっている場合で、
この場合は、さらに剣スコップを追加で所持し、根っこがありそうだと思われる箇所を
推測で掘り当てて、地中の根っこを切断し、除草剤を塗りこませる必要がある。
また、人力では到底、太刀打ちできないようなツタの密集地帯は、
まずは、草刈り機で、ツタの葉っぱや、5センチ以下のツタをいっぺんに刈り込んで、
刈ったツタが枯れた後に、本格的にツタの根っこを退治する作業に取り掛かるのがよい。

ナタは、密林地帯の足場と道を作る為に大いに活躍する。
足場の悪いところでは、作業の効率が何倍も悪くなってしまうので、
作業にとりかかる前に、まずは、ナタで、快適な環境を整えておく必要がある。
まずは、目や頭をケガしない為に、頭上の周辺にからまって生えている植物に、
ナタを振り下ろし安全を確保する。
続いて足場の環境を整えるのだが、その際に、突然ハチに襲われる可能性もあるので、
できれば作業は晴天の明るい時間帯に行いたいものだ。
(夏場は熱中症の恐れがあるので、朝夕に行うのが良いかもしれない)

茶の樹のような樹木にツタがからまっている場合は、
寄生している樹木の葉が非常に低いので、作業は難航を極める。
まずは、自分自身の姿勢は、地をはうように低くして、
どこの地点にツタの本体が成長しながら、からまっているのかを推測する必要がある。
樹木の葉っぱではなくて、根や幹だけをみて、どれがツタでどれがツタではないのかを、
識別できる能力を養う必要がある。

4、ケガへの配慮

ツタが一番成長する、夏や秋に活動を行ったため、
無残にも、ハチ、かぶれる植物、あせもなど、体調をかなり崩す結果となった。

しかし、その恩恵といってもよいか?何故か、ハチという昆虫とも、仲良くなることもできた。
私はかなりのハチの巣をことごとく誅殺し、その結果、
輪廻転生の報いからか?ハチの亡霊に悩まされ、ハチの業を次々と背負う事になった。
ハチとの因果関係を、結ばざるを得なくなった。
自身の志の為とはいえ、あまりにも多くのハチを殺しすぎた・・・

それはさておき?ツタ退治を行うにあたって、できれば一人での作業は危険なので、
二人で行った方がよいが、いろんな事情があるだろう。一人でも行う必要がある。
とにかく、ケガをしないように気をつける必要がある。
常に足場の確保を第一にする事と、
崖にうっかりと落としてしまったノコギリを取りに行く時などが、
一番、心を奪われている瞬間なので、非常に注意が必要になる。

しかし、とにかくこの作業はかぶれやすい。
夏場はタオルを首にまき、使った服装はすぐに洗うようにしたほうがよい。


5、ナタをマスターする

ノコギリは比較的使い方がシンプルな道具だが、
ナタはことのほか、万能性が高く、山林においては、あらゆる代用効果をえる事ができる。

↓ナタの活用法の一例
・獣に襲われた場合、戦える
・杖がわりにして崖を登る
・腕の筋トレになる
・シャドー(仮想敵)と戦い、武道や乱舞を行う事ができる
・道でないところを道に変える

まだまだ、ナタについては活用しきれていない事が多い、非常に奥の深い道具である。
砥石を用意し、使用後は刃を研いで、新たな活用方法を常日頃考える習慣を身に着けよう。

6、除草剤について

除草剤は、園芸用ではなくて、根ごと枯らす強力な性質の物を買って使うのがよい。
プロ仕様になると、もっと強力なクスリがあるらしいのだが、
高価な事と、安全に使いこなすためにはある程度の知識が必要と思われるので、
一般的にホームセンターで売れている除草剤を買って使用した。
除草剤のコストが惜しい場合は、水で2、3倍に薄めて使用する。
除草剤は当然ながら、人体にも悪い影響を及ぼすので、
心配な場合は、マスクを着用して作業するとよい。

7、ツタの業について

私個人の野望の為、あまりにも多くのツタの首を切り、さらし首にしすぎた。
そして、また、その子孫を3代に渡るまで、毒殺しつづけた。
よって、ソケイは、ツタの業を背負い、来世にいたるまで、償いをし続けなければいけなくなった。
植物と動物が、植物と人間が、どちらが偉いのかなど?
そのような事を考える事自体が煩悩であり、ただの考えすぎに他ならないのであるが、
しかし、事実として、生命を絶やせば絶やすほど、自分自身に絶やした生命の業が重く乗っけられていく事を実感した。
これらは、昔ながらの生活をしてきた人類にとっては当たり前すぎる事のはずなのだが、
そのような体験をせずに市街地でのほほんと温室生活をして育ってきたため、
30代にして、やっと、そのような体験をすることができた。

ツタを退治する事において、一番大きかった功績といえば、
そのような、『植物の業を背負う』、という実感を得る体験であったのかもしれない。
山の主という概念があるが、たしかに、手に負えない竹林やツル植物と一年中向き合って生活を送るようになると、
山の主、神様が、たしかにそこに、本当に存在するモノとして人生を送っていくことになる。

今年もまた、ツタ達は人知れず成長し、あの山を蹂躙する。
私もまた、ナタとノコギリを振りかざし、山の奥底で人知れず乱舞をする事になるのであろう。

余談だが、山の中に潜って、ノコギリやナタをふりまわす作業をしすぎていると、
なぜか?散歩中の犬に異常に吠えられる、という結果を得ることができた。

マスクとヘルメットをした人間が、

ナタとノコギリを振り回し、

密林で乱舞をしていると、

犬は、吠える。


これは、非常に不思議な、重大な結果を得ることができた。

さあ、今年も、ツタを刈ろう。



8、ツタを枯らしながら句を詠むための方法

・犬に吠えられ過ぎてても、やめない

(句を詠む為のコツは、そのような、結論になります。
 これを参考に、後世の俳人もツタを退治しながら
 自身の俳句活動に明け暮れてくれれば幸いであります。  ソケイ 拝)