2017年2月5日日曜日

句会報『棟梁』第9回


名選者探求大会の報告


昨年の8月に開催し、原稿ができている、「はず」であった、名選者探求大会の原稿がようやく完成しましたので、掲載をいたします。
 
俳句で人生が変わった

 まず最初に述べる事は、本当に俳句が必要だった人は、俳句でその人の人生そのものが変わった。という事を自分で確認してみる事であると思います。その条件を満たしている人であれば、それは、他者からいかなる罵倒を受けようとも、へこたれる事の無い胆力をすでに得ている証であると思います。

最も影響を受けた人物について

 私が俳句をはじめたのは忘れもしない、26歳の時で、今は34歳ですので、俳句に出会って8年が経った事になります。その8年間のなかで一番大きな影響を受けた人物が二人います。それは、まず、私に俳句そのものを教えてくださったYさん。そして、名選者であります、Wという人物についてであります。

遊行者Yさん

 私がYさんとであったきっかけは、中国の普陀山という仏教聖地へ飛行機で巡拝観光ツアーにいった際に、団体客の一員として同席していたことがきっかけになります。たまたま、その人と、2泊3日の中国旅行をした。Yさんと飛行機でも食事の席でも一緒でしたが、その時に、直に俳句を教わったのです。私は26歳でしたが、Yさんはたしか、84歳?くらいであったはずです。Yさんは、俳句の魅力を力説しました。ひたすらとどまる事なくパワフルにその魅力を教えてくださいました。また、俳句の話だけにとどまらず、登山、弓道の話、そして、定年退職するまでは、高校教師をずっとやっていた事。かなりの熱血教師であったそうです。それらをひたすら力説してくれました。とてもパワフルな老人でした。老いてはますます盛んになるべしとは、まさにこの人に当てはまることわざでありました。

 今になって振り返りますと、Yさんは、実は趣味でシンガーソングライターもやっており、この人にであった影響で私も登山をはじめまして、また、いつのまにか?私も何故か、シンガーソングライターの端くれにもなっておりました。この老いてますます元気なご老人に、非常に強い影響を受けてしまいすぎたようです。

 これら、Yさんから受けた影響を一言で申しますと、これは、インド人の人生観で一般的に言うところの『遊行期』なるものが、なんであるかを、この中国旅行の最中に短期間で教わったのです。
 『遊行期』とは、仕事や子育てを完了した人たちが人生の最後のステップに挑戦する、最も自由で、最も価値観の広い人間の生き方の探索期にあたります。
 仕事を終え、さらにそこから、まったく違う人間に生まれ変わるのだ!と、Yさんからは、そのような波動がほとばしっておりました。Yさんは、登山がかつて大嫌いだったそうですが、あえて、定年後のある日に、大ッ嫌いだから、やってやる!と奮起をし、登山を我が物にしたそうです。いくつになっても、あえて、生まれ変わろうとする、強烈な実行力を持ち合わせている人物でした。

 Yさんとは、その後も、連絡を取り合い、今から約5年前くらいに、一度会いに行くことができました。Yさんの住まいは岡山県にあり、自宅で一人暮らしをしておられます。また、娘さんもこれまた、シンガーソングライターに近い仕事についておられます。Yさんはこの時も変わらずお元気で、自作のCDと、著書を何冊か受け取りました。これらは、今でも大事に、家に保管がしてあります。


名選者Wについて 

  Yさんから俳句なる物を教わり、はじめの2年間は、なかなか句を詠むコツがつかめず、右往左往していた物です。俳句の中でもとりわけ自由律俳句が非常に好きだと分かったのも、はじめてから、3年くらいたっての事でした。さて、その期間に出会ったのが、東京都に在住している、Wという人物についてであります。

  Wさんは、東京の中心の住宅街に自分で店を構え、軽食といったらよいか?居酒屋といったらよいか?独自の最高のセンスで素晴らしい店を経営しておられる女性のマスターなのですが、その人の魅力は、お店だけでは語り尽くせない物がありました。私が今までであった人間の中で、最も素晴らしく尊敬のできる人でした。我が国に、このような素晴らしい人物が隠れていようとは、今、思い出しても心温まる物があります。

 俳句をはじめて2、3年目だった時に、ある人の紹介で、Wさんの店に行き、そこで、この上なく私は自句を褒めていただく事ができました。本当に素晴らしく謙虚な人は、また、本当に素晴らしく相手の能力を引き出す事ができるようです。ただ褒めるだけにとどまらず、その人は、私の人格そのものの長所と短所を瞬時に見抜き、会う度に、次々と句を賞賛することと次の課題を与えてくれるのでした。これは一言で言えば、本当に、「思いやり」のある人でした。

  この人がなぜそんなにも思いやりを持って生きていられるのかについては、数々の取り返さなければいけない人類の哀しみがあるからだと、本人からもお聞きする事ができましたが、その事については、私などは到底、全てを汲み取れておらず、影響を受け、少しでもそのような生き方に近づきたいと思うだけで精一杯だった事を今でも思い出します。恥ずかしながら、しかし、本当にその人とであった事は幸運であったと思います。

 
 自由律俳句島根県地区大会について

 あまりに素晴らしい人だったので、なかなか原稿に全てを書ききる事ができず、名選者探求大会の企画をしただけで止まってしまっていたのですが、今、選者とはなんであるかを振り返る機会を得ることができました。

 実はこの度、自由律俳句の島根地区大会なる物を企画してみたのですが、開催をあと約2週間に控えたところで、参加者が0名、選者のなり手も、1名も確保できず、今日に至っております。これは、このままいけば自動的に、自由律俳句島根県地区大会の選者は、中筋祖啓ただ一人という結果になる、という事にたどり着いてしまいました。

「おやおや、しまったぞ。まさか、私が選者とは??」

 名選者Wの事、今でも忘れることの無い事ばかりです。Yさんにしても、Wさんにしても、私の性格上、影響を強く受けすぎた人だとかえって緊張しすぎてしまい、気軽に会いに行けなくなってしまうのが、本音の状態のようです。非常に強い影響を受けた人物は、かえってなかなか、家族や友達のように気軽には会いに行けない、「何か」をつい、感じてしまうようです。ですが、きっと、いつかまた、Wさんに会いに行くつもりです。

 さて、これらを振り返ってみますに、俳句をはじめて8年たち、ようやくはじめて選者という立場をこの度経験することになりました。

・不可抗力によるミニデビュー

 このような一句にまとまります。

 ただの普通の選者と、名選者の違い、それは、どこまでも純粋に、困っている人を助けたい、思いやりの深い人物である、その想いがケタはずれに大きい事がその証であるように思います。

 今月22日に、選者という立場を経験するにあたり、そのような事が実感として浮かび上がってきました。参加者0名の時は、空想上の参加者の句を次々と拾いあげ、シャドーボクシングならぬ、シャドー選句に専念をしてみようと思います。よろしくお願いします。


番外編 ソケイと愉快な句友たち

 ※私が他の俳人と出会い句友がたくさん出来たのは、Wさんに出会ったさらに、その1年後くらいの話です。

 8年前  6年前 5年前から
 Yさん→Wさん→ソケイと愉快な句友たち

 という順序になります。この順番でゆくと、句友の次に最も影響を受ける素晴らしい人物とは、 
 ソケイの愉快な子孫たち?などになってしまのでしょうか?いやはや、楽しみにして待ちましょう。

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