2017年7月3日月曜日

句会報 第16回

新連載 コロッケおいしい句の研究について (序)


聞くところによりますと、「コロッケおいしい」という句がなんなのかについて、日本中の俳人、ほか、多くの人々が悩んでいるという噂を聞きつけまして、私自身も、「コロッケおいしい」という句が提出されてしまった事について、悩み出したところ、これが思いのほか、想像以上に謎が多すぎ、答えを見出す事ができなくなってしまいました。
よってこの度、句会報を何回かに分けまして、「コロッケおいしい」という一句を読み解くと共に、コロッケおいしいに付随する、コロッケおいしい句というジャンルを開拓し、自由律俳句の世界を今一度見直してみようと思います。
なかなかに、研究のしがいがある内容になっております。

 

問題句「コロッケおいしい」の特徴とは?


まずはじめに、この一句の大きな特徴としては、
リズム、文体が二節で完結している事、自分の感想を最短で述べている事、深い意味が何も無いこと、などが、人々を魅了する最大の特徴であると思います。
かつて、お笑い芸人の小島よしおさんが、「そんなの関係ねえ!」という言葉で日本中の人々を魅了した物ですが、たしかに、コロッケおいしいという言葉も、使い方次第では、それに匹敵するだけの力を持っている、使いこなせないのは、読み手の力不足なのではないかと思われます。

なぜ?使いこなせないでいるのか?

まずはじめに、コロッケを安価でさほど、ご馳走では無い食べものと侮っているところが敗因であると私は思います。
コロッケは、明治大正の時代の頃に日本に普及したそうですが、その当時の感覚でコロッケに出会ったならば、コロッケおいしいという言葉に、皆、脳内が釘付けになってしまうはず。そのぐらい、珍しく高貴な食べ物だと見ることができないでしょうか。

コロッケおいしい句を並べてみる。

この一句の手法をまねて、連句を作っていきますと、まず、このような作品ができました。

・コロッケまずい
・スイカでかい
・キュウリ細い
・ラーメン美味い
・布団重い
・自転車はやい
・オバケ怖い
・まんじゅう怖い

「まんじゅう怖い」は、「コロッケおいしい」と互角に戦う事ができる、強い言葉であるようです?
句会に、「まんじゅう怖い」と「コロッケおいしい」の2句が提出された場合、どちらを選ぶべきか、非常に悩まされる事になります。

コロッケはおいしいと賞賛されているにもかかわらず、まんじゅうは怖いと毛嫌いされてしまう。
まさか、まんじゅうを怖がる本当の理由が、まんじゅうを食べたい願望の裏返しであるとは、なかなかに読み取れないものです。
この言葉だけで、そこまでのストーリーを汲み取れるとしたら、俳句というよりも、とんちかなぞなぞと言ってもよいでしょう。しかし、なぜか、それをしたくなるだけの魅力がコロッケにはあります。

コロッケおいしいに、本当の理由はあるのか?

「コロッケおいしい」が「まんじゅう怖い」に匹敵する位、深い意味を持つ言葉であったとすると、コロッケおいしいと述べる事には、人間の本当の願望が裏返しになっている可能性を疑う必要がでてきました。
「コロッケおいしい」と言っている人間の本当の願望、ねらいとは?

1、コロッケに敷いてある油紙を入手したい為に、わざと、コロッケが多くなる環境を整えたかった
2、本当はメンチカツを食べているのだが、語彙が無く、コロッケという名前だと勘違いしている
3、コロッケという発音自体が可愛らしいので、その名前の存在自体が、おいしいと言っている

うーん、謎が多すぎて早くも、迷宮から抜け出せなくなってしまいました。
今回は、ここまで述べましたが、続きは次回の句会報に載せる事にしましょう。
よろしくお願いします。

連載1回目、終了!

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